番所跡から鴻巣台公園に至る途中
碑文より
「5月26日、薩摩軍は鴻巣台一帯に後退し、手当たり次第に墓石を倒しバリケードとして政府軍に対峙した。一夜明けて両軍とも朝霧が深く立ち込めて互いの行動は判別できず、警戒しながら交戦した。それでも政府軍は損害をものともせず薩摩軍に肉薄して竹林や雑木林火を放ち、山火事を起こさせて対抗し、漸く薩摩軍を敗走させることができた。薩摩軍及び報国隊は北東の亀甲台地へ退却するに至った。薩摩軍はこの時多くの戦死者並びに負傷者収容した。戦死者はとりあえず、亀甲台地の洞穴かくして退却した。この夕刻政府軍は間髪を入れず茶屋の辻の両方にある民家に放火して薩摩軍の夜襲抜刀隊の切込に備えた。」とある。