勤皇臼杵隊之碑


臼杵城跡;現在=臼杵公園
 (臼杵市大字臼杵字丹生嶋91)
明治10年6月1日に薩軍奇兵隊が臼杵に進出。直前に結成した臼杵勤皇隊や警視隊が迎え撃ったが、薩軍の勢いを止められず大分へ敗走した。その後、熊本鎮台や海軍が到着し、臼杵を奪還するために進軍を開始。激戦の末、6月10日に臼杵を奪還した。
説明版より
 「この碑は、明治十年に起きた西南戦役において、順逆を誤らず大儀のために郷土を守り、東上して来た薩軍と戦い、その進撃を阻み敗走させたものの、この臼杵における戦いにおいて、尊い生命を落とした臼杵隊隊士四十三名の功績を永く伝えるために建てられたものです。当時、臼杵に侵入してきた薩軍の数は約三千人、これを迎え撃った臼杵隊は七百八十五人、来援の警視隊百人と薩軍の三分の一にも満たない人数であったと記されています。」